Muss es sein?
Looking for something that let me say "Es muss sein".
Le Sacre Russe -La Folle Journée au Japon
今まで毎年気にしつつも腰を上げられなかった『ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン』。偶々、イベントに出動する機会も帰省の予定も入らなかった今年のGWは、遂に思い立つ契機と出来た。
『Le Folle Journée au Japon 熱狂の日2012』

一つのテーマで一色に染まったエリアが充たす時空間のイメージ。体験されるべき、そして消費されるべきフェスティバル。いや、そんなことはもう考えなくともよいのか? 此処は、音楽の事だけを記憶しよう。

『Le Sacre Russe ―サクル・リュス―ロシアの祭典』と題して、ロシア音楽プログラム。当日券目当てでふらりと足を運んだので、小中規模のホールは事前にほぼ壊滅。そういうところの渋めのプログラムを選ぶほどロシア通でも無いのだから、有名どころを押さえられれば十分満足なのかも知れないが、音が遠いのではないか、客席ノイズが気になるのではないか、と環境への不安もあるのがまた5000人のホールなのだ。

   * * *
4th May

Rachmaninov:ピアノ協奏曲第3番 ニ短調  op.30
ベアルン地方ポー管弦楽団 / イーゴリ・チェチュフ(P) /
フェイサル・カルイ(指揮)

手持ちのディスクは1番&2番。初めて触れるこの曲、演奏はとても流麗だったが…。大ホールの1階比較的後方、一番端の席。“ピアノ協奏曲の王様”らしいが、そのスケールを感じるには、やはりあまりにも音は遠かった。楽器毎の音源のバラつき、演奏の呼吸など知れるどころではない、一旦拾ってスピーカから出しているのではないか? そう勘ぐる程、丸まって聴こえる音は生気に欠けてやって来る。このホールの音は、案の定好かない。

St. Petersburg Capella
ヴラディスラフ・チェルヌチェンコ(指揮)

「ロシア音楽の心髄は合唱に聴け」らしい。カペラ・サンクトペテルブルクによる、スヴィリドフ、ガヴーリンの合唱曲、そしてロシア民謡。時折、動画でRed Army Choirを聴きたくなったりする。だが、生で聴くChoir Russeの凄まじさ。震えが、いや痺れが伝わる程のバス、誇らかなテノール、艶やかな女声。土薫る俗謡の旋律、純朴に崇める聖性。何より大地のように重く響く迫力。本来は演劇用なのだろうか、客席の縦に深いCホールは程よい大きさ。

しかし、「ムーシン、ムラヴィンスキーらに師事」というだけで、ゾクゾクするね。

Tchaikovsky: 弦楽六重奏曲 op.70 / 弦楽セレナード ハ長調 op.48
横浜シンフォニエッタ / 山田和樹(指揮)

最後に、小澤に抜擢された山田和樹でも聴いてやろうかと。三鷹の市民オケを振っていたのが何年前か。当時は風貌さえも小澤的、いや、動きまで含めて“ミニ・コバケン”という雰囲気だった。今、髪を短く整えて容姿は爽やかだが、指揮振りは変わらず師匠譲りのダイナミックさ。

この若いオケは、タクトへのレスポンスも躍動的で、溌剌とした音は清々しい。ただ、Tchaikovskyのロマンティックはもっと、年を経たニスのように渋みを溶かした甘さだと思えば、活きが良すぎるきらいもあるかも知れない。とは言え、チャイセレは皆もっとノって聴いていいんじゃないかな。

横浜シンフォニエッタ、これから、少し気に掛けていきたい。

   * * *

晴れていても手が届きそうな低い空と雲と大地に挟まれ、何処までも広くパノラマのような風景。至る所に聳える教会の尖塔。ロシアの音は鐘の音、か。

Rachmaninovは音を下降させる。それは溢れる嘆きである、と。

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5th May

St. Petersburg Capella
ヴラディスラフ・チェルヌチェンコ(指揮)

昨日の印象深さに、再びカペラ・サンクトペテルブルク。袖の最前列ではなく、中盤でも正面で聴くべきであったとは思うが、接近している迫力と言うのもまた。その中で、本場の『Kalinka』。『舟歌』も聴きたいものだ。

ロシアの合唱団はやはり来日公演など滅多に無いのだろうか。非常に印象的であった。大司教座合唱団もチェックしておくべきであったな。

Rachmaninov: 『晩祷』op.37より / 詩曲『鐘』op.35
カペラ・サンクトペテルブルク / ヴラディスラフ・チェルヌチェンコ(指揮)
ウラル・フィルハーモニー管弦楽団 / ドミトリー・リス(指揮)

結局カペラ・サンクトペテルブルク3公演目。ロシアの音楽の根源が合唱にある、というのが分かる気がした。20世紀の作曲家が改めて刻んだのは、正教会の伝統。ロシアの西欧音楽受容は、アカデミー設立が19世紀であるように後進だが、折角比肩したグリンカやチャイコフスキーを早速西欧主義と批判出来るくらいに、民俗の音楽性は確立していて、それを世紀に亘って培ってきたのは教会旋法なのだな。大地が轟くような低音部は、深く厚い弦楽器の重さを、天上的な女声部の清らかさや華やぎは、一転して艶やかな弦楽の歌を、英雄的に伸びやかで誇らかなテノールは、高らかな金管を、それぞれに想起させて、その民謡のように素朴で地域性のあるメロディは、ロシアの作曲家のそこかしこに根差している。

   * * *

結局二日間、入り浸って大いに満喫した。身持ちが怪しくなった中で無節操に散財もしたが。珍しく、連休らしい連休を過ごした、かも知れない。

La Folle Journee au Japon 2012
Moved
所属するプロジェクトが始まったのが2007年秋。研究棟の改修で転々と移動した印象があるが、2008年春に今の居室に入っているのだから、実はそれも半年の間のことに過ぎなかったらしい。外部資金による事業体制が終了し、春からの体制変更に合わせて、それ以来の活動の中心だった居室から、今日移転した。

人の気配と多くの物に溢れて、かなり密度の高い部屋だった気がしていたが、空になってみれば随分と広いスペースだったのだな。この場所で、しんどい時期もへとへとになった夜も、幸せに近かったこともあったのだろうが、時を見送ってしまった後の人間の中は、人の営みが消えた部屋のがらんどうと似たようなものなのかも知れない。結局今、何がそこに残っているというのか。“居場所”なんていうものもあっという間に更地に転じて、それをそんなものだと眺めているのだ。

それにしても、学生時代からずっと同じキャンパスに居たために、溜め込んでしまった資料やら私物の量。次の職場や自宅に持ち込みきれるものでもないから、思い切って整理・廃棄せねばなるまい。それは一転してなかなか難しく。世界の様々な断片を、「これはもう自分には関係が無い」と言い切るというのは、苦手なんだ。

Blank Room
舞踏『祈り』
川崎市岡本太郎美術館で開催されている、岡本太郎生誕100年記念展『芸術と科学の婚姻 虚舟―私たちは、何処から来て、何処へ行くのか』展。『天プラ』では、“[宇宙] 宇宙の始まり・見えないものをどうイメージするか”のテーマ展示の企画制作に協力してきた。その会期もいよいよ明日までとなり、クロージングイベントに足を運んだ。

祈り 大野慶人(舞踏)×永田砂知子(打楽器)

あの大野一雄の息子も、舞踏の路を歩んでいたのか。型や様式でなく極めて抽象化した哲学、精神の感染をしなければならないものは、家伝の古典芸事とは違い血ではないところにこそ継承者が生まれるものかと思ったが、巨人の名の重圧も相当であろう道程を、一番近くで引き継いだか。

「波紋音」という金属打楽器の響きの中、周囲の空気まで神経が張り渡されるのを待つように佇み、やがて舞が始まる。設えられた客席の前だけでなく、会場に招魂された魂を訪ねて回るように時に展示室を駆け廻る舞踏は、決してステージ上に切り出されたものを見るべきものでなく、空間との作用の中で舞われる意味があったのだろう。そこには、作品の佇まいを張り詰めた空間と音響と、舞踏家の感応だけがあればよい。周囲を闇に閉じ込め舞踏家だけを光で浮かばせて見られたならば、或いは決定的に無人の展示室での舞踏であったならば、もっと鋭く濁りなく美しかったのかも知れない。そう感じたのは、視界に入る客達が、私自身が、そこではノイズのように感じられたからだ。

舞踏家は、空間や音響に共鳴して、世界に開かれているのだろうか。それらも遠ざかる程に内向しているのだろうか。だが、その場所、その時間が発するものとの感応の中で、舞踏家は官能に上っていくのではないか。だとすれば、見る我々も、その場所、その時間と舞踏家から再放射されるものとを感応によって受け止めなければならないのではないか。所作の意味や流れの物語りを無理に言葉に当てはめようとすれば「解らない」いや、「解れない」のかも知れない。

ふと、東京演劇アンサンブルの“ロゴス性”と思い比べてしまった。アンサンブルも、踊る。躍動する。だがその精神の本質は“ロゴス”に叩きつけられている。此処では、精神は決定的に非ロゴス的な“身体性”に蒸留されている。そんなことを漫然と考えている私は、感応から外れていて、だから張り詰めたものをヒリヒリと受けながら、自分自身をノイズと感じなければならなかったのだろうか。

『祈り』とは、亡き芸術家達に捧げられた冥福への祈祷なのであろうか。もっと宇宙的な何か大きなものへの信奉なのだろうか。空へ手を差し伸べ、仰ぎ、手を合わせる、折々の祈りの所作。時に膝を付き、項垂れ、地を這うように、畏怖や苦悩や絶望も孕み、全体を通して彷徨うように不確かな足取りで、けれども、何かを捜し追っているのだろう。苦しみもまた、希求故にこそだ。そして最後に乞い祈るのだ。舞踏は“願い”で満たされている。いや、創造するという行為の一切が、願いに貫かれるのだろう。

壁面に掲示されている、科学の探究も元より。そして、今人々を苦しませ困惑させている技術さえも、そこには人の願いが貫いているのだ。実用の利や権益等の安いものではない、人が地平の先へと至ることを願わずには生きられない、その痛切な願い。困難ならば、危険ならば、手を止めてよかろう。用無用というものはその都度に合理的に選べばよい。だが、盲目の内にその願いへの感応さえ一切否定する人類になれば、害毒で苦しむよりももっと深いところで人間は自分の首を絞め窒息して果てるだろう。少なくとも私は縊死させられるような心地に慄いている。
Freude Schöner Götterfunken!
偶々ネットで来日公演を知った時には時期も近く、もうチケットは無理かと思っていた。国内オケよりも高額だから、そのまま諦めていたとしても不思議はない。知人が合唱に乗っている等と伝え聞かなければ。割引で手配してくれるというので、久し振りに―本当に久し振りに―聴きに行くことにした。

折角初台に行くというので、以前から気にしていたフランス料理『Cyrano de Bergerac』を訪ねた。街角に、小さなその店は有ったが、“CLOSED”の札。繁華街ではないし、年末では仕方がない。
 しかし、ICCには幾度か来たことがあるものの、オペラシティなのに音楽を聴きに来たのは初めてだ。タケミツメモリアルホール。3階席は、暖房自体が強いのか会場全体の暖気が上昇しているのか、聊か温度が高すぎて、ドライアイ気味の目の疲れとも相まって、瞼が下がろうとして困った。

《エグモント》序曲(Op.84)
交響曲以外の管弦楽曲では最も思い入れのある、自意識を振り回した若かりし日の羞恥に今尚疼痛の記憶が蘇る曲ではあるが、劇的な全奏、弦が低く唸り、オーボエが孤高に歌い出すと、今でも心臓が強く拍つ。だからこそ、古典派らしい、或いは開幕前の序曲らしい、ウェットにならない端正な演奏、そう感じたのは、私の中でこの曲が勝手に走っていくからだ。多分、私はこの序曲に劇それ自身の―或いはそれを凝集した―深刻さ、交響曲のような緊張感を背負わせて、序曲以上のものを求めているのかも知れない。

交響曲第9番ニ短調(Op.125)《合唱付き》
神聖、荘厳、祝祭。特別な期待を持って聴かれるからこそ、演奏する側にも特別な曲なのだろうと思う。日本のオケならばもっと慎重に、時には深刻に神経質に音を探して入りそうな所、第一楽章の空虚五度、或いはバリトンのレチタティーヴォさえも、ぽんと投げ込まれるように。折り目正しく肩肘張って、そんな偶像化された“第九的”なものでもなく、ロシア流の情感うねる溜めや揺らぎもなく―“トルコ風マーチ”の時だけはつい『1812年』のロシア軍楽隊を連想してしまったな―、大らかに、小気味よく、嗚呼そうか、この異形の曲も一個の古典派の交響曲なのだ、そう教えられたようで。独唱も、日本人に時折見られる必死さも無く声量十分に。何と言うのだろう、大理石の聖堂でも峻厳な霊峰でもなく、何か輪郭の円やかで落ち着いた、心地良い音楽としての第九だった気がする。

予習する時間も無かったポケットスコアは膝に置いたまま。悔しいことに―そして勿体ないことに―時折ぼうっとしながら、夢見のように音を浴びていた。願わくば、もっと近くで、長く音に打たれたかった。3階席は遠すぎる。

レニングラード国立歌劇場管弦楽団『第九』
ACT
演劇というものは行為であって、いわゆる表現ではない。

昨日のこと、職場の仕事納めを中座して武蔵関の芝居小屋で劇団の納会に駆けつけた。予想通り、あっさりと帰宅を諦めて朝まで過ごすことになった。それにしても、3時過ぎても飲んで歌って論じて、元気だな、演劇人。

結局今シーズンは観に行けないまま終わった、東京演劇アンサンブルの『銀河鉄道の夜』。今年からキャストが一新して、曰く「シュールになった」のだと言う。「今までのキャストが作って来たファンタジーが壊れて、台詞劇になった」のだと。成程、長年演じて来たチームの間では、既に四次元幻想の世界観、空気、台詞のニュアンス、間合いが完成した場所で物語りをしていたのが、新しく役に付いた俳優はまずその一つ一つの台詞が役にとってどんな意味を持つのか、どのように言葉を発しなければいけないのかに一々悩み試行し、挙動の一切が何処かぎこちなく、時に互いの向きをまだ見定められないまま投げられた言葉が遊離し、物語世界として見ればまだ馴染まない、閉じられないままなのだろう。そして、恐らくはあるレベルの瓦解を孕んでいるからこそ“シュール”と言うべきその状態を指して「宜し」と、この劇団が言うのは解る気がする。

「これ読んでみて」と言って差し出してくれたのは、1991年当時の『銀河』の「上演についてのメモ」。劇団の魂を築いた演出家・広渡常敏の手によるものだ。そこに、冒頭の言葉がある。演劇とはイメージの形象化、表現ではなく、行為である。役を演じる(演技)とは役を前にした俳優の行為なのである―俳優自身の態度が舞台に提出されるものである、と。物語の背景や付託した社会認識の絵解きでなく、仮想世界の描写でなく、情感や情緒への為り切った没入でもなく、何故その言葉を選んだのか、何故その言葉を受けたのか、“ことば”を演劇のことばに創造すること、いわゆる“言葉への不信”の回復。

観客に対する役者本人からの提出、問いかけ、挑発、提案。この劇団の演劇で常に感じる、「投げつけられ突きつけられた台詞に向き合わされる」感覚は、まさに支柱なのだな。

にしても、常連になりつつある、ファンであるとは言え、こんな劇団の心の在り処の手掛かりにまで触れることを許して貰えるとは、どうしてそこまで私に鑑賞者としての期待を掛けてくれようと言うのか。この、文学史も思想史も、それこそ演劇の歴史も幅も何も知らないズブの素人に。

    * * *

四次元幻想宇宙とは何か。それは確かに文学的な次元の投射なのだが、それを考えるに当たってはS.W.ホーキングを引き、また“宇宙を想像する”ことについてはアリストテレス、プトレマイオス、ケプラー、ガリレイ、コペルニクス、ニュートンに至るまで閉ざされていた太陽系という世界で静止的な世界ではなく、ハッブルが現れアインシュタインが居た、“宇宙空間”へと人間が認識を広げた中に賢治が生きて『銀河』を書いたのだ。と、こんなことを突き付けられて面食らって来た演劇人達の前に我々が現れたら、それは聞きたいことも沢山あるのだろう。企画の第二弾を、是非もっと哲学を絡ませ合って。
THE SIX 2011
日付としては昨日の事。武蔵美の芸祭で見て印象深かった『Vox-cell』が再び出展されると聞き、UPLINKの帰りがけに原宿へ。ラフォーレと言えば、相当昔にShortshort Film Festivalを見に来て以来だな。

美大生による総合展覧会と言う。会場はそれ程大きくは無く、作品数も絞られている。見たことがある作品だと思えば、東京藝大や武蔵美の芸祭で印象に残して来た作品だ。選抜されているからこそ体験密度的には濃いものなのだろうが、玉石相混じってもっと圧倒的多数の創造物の中で宝探しをするような、学祭の方が申し訳ないが楽しい。

「節子、それ飛行機やない、BAKA(Bomb)や…」君達の世代は知らないだろうが、そんなものに乗りたいなんて決して思ってはいけない、そこの幼い少年よ。武蔵美での五美大交流展でも一際存在感を放っていた『桜花』。この巨大な作品をこれからずっと保管していけるのだろうか。知覧や、重要な場所で展示されても良いように思う。

そして、『Vox-cell』。会場が明るいことが、何とも残念だった。芸祭での展示の迫力に出会っておいたのは幸運だったと言える。

作品への印象よりも、この企画展の運営委員会が美大生によって構成されていることの方がずっと印象深い。そこに若い世代のACTが存在するということ、そのことに支持やサポートが示されること、アートやデザインが持つこの「見に行くべきものだ」というエネルギーの源泉とは。科学を伝えようと身を粉にするオジサン達の末世的な姿と比べて、この違いとは、一体何なのだ。

私達は、こんな場所を作ることが、本当に出来ないのだろうか?

『THE SIX 2011』